スポーツのすゝめ vol.04

スポーツを始める適齢期は人それぞれであっていい ボクシング/元WBA世界スーパーフライ級チャンピオン 飯田覚士さん

プロフィール

1988年大学入学と同時にボクシングを始める。「天才たけしの元気が出るテレビ! 」の企画『ボクシング予備校』に参加。1990年プロテスト合格。破竹の勢いで新人王、日本チャンピオンなどを獲得し、無敗のまま世界タイトルに挑戦。3度目の挑戦で世界タイトルを奪取。2度の防衛に成功するが、3度目の防衛戦で右肩が脱臼するアクシデントに見舞われ無念の王座陥落。1999年の現役引退後、脳トレ&ボクシングジム「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」を設立。「ビジョントレーニング」と、「コーディネーショントレーニング」を融合させた「ボックスファイキッズ」というオリジナルプログラムを開発。ボクシングの底辺拡大のみならず、子どもへのスポーツの振興に力を注いでいる。

卓球がボクシングの基礎づくりに役立った

Q1.ボクシングを始めたのは大学生になってからだそうですが、それまではどんなスポーツをしていたのですか?

A1.小学生の時は体操や陸上、ソフトボールなど複数のスポーツを経験しました。何か1つに打ち込むというよりは、色々なスポーツをやりたいと思っていました。
ボクシングとの出会いは小学生の低学年の頃だったと思います。ボクシング漫画の「がんばれ元気」がアニメ化されて放映されていて、それを観ている内にいつかはボクシングをやりたいと思うようになっていました。「がんばれ元気」以前のボクシングは「あしたのジョー」の影響が強く、悪い子がやるイメージでした。それに対し、フツーの子である元気君が強くなっていく姿に共感したんだと思います。
両親は日展で出会ったという程の文科系で、スポーツをやれと言われたことは一度もありませんでした。学校の授業では図工が一番得意でしたし、絵や漫画を描くのが好きだったのも両親の影響だと思います。美術館などにもよく連れて行ってもらった記憶があります。そんな環境で育ちましたので、「がんばれ元気」と出会わなければボクシングをやることはなかったと思います。
でもすぐにやろうという気持ちにはならなかったのです。ボクシングは究極のスポーツで簡単に手を出すべきではないという不思議な感覚を持っていました。好きなおかずを最後まで取っておくのにも少し似ています(笑)。

Q2.部活動は何をしたのですか?

A2.中学は3年間卓球部に所属しました。もしかすると、卓球に打ち込んだ経験がボクシングに活きているかもしれません。卓球とボクシングには多くの共通点があります。どちらも1対1の対人競技なので、相手の動きに対応した瞬時の判断が欠かせません。相手の動きを読んで裏をかいたりすることも必要です。動体視力も鍛えられたと思いますし、半身の姿勢で前後左右に移動するステップも共通しています。具志堅用高さんや長谷川穂積君など、実はボクシング界に卓球経験者は結構多いんです。でも、当時卓球は暗いとバカにされる存在だったので、高校では明るいスポーツをしたくなり、サッカーを始めました。かなり走り込みましたので、体力がついたと思います。
大学で満を持して体育会ボクシング部に入りました。体育会といっても私と同じような初心者も多く、とても入りやすい組織でした。

初めから世界チャンピオンを目指していた訳ではなかった

Q3.当初はどんな目標を掲げてボクシングに取り組んだのですか?

A3.自分がどこまでできるのか試したいという気持ちはありましたが、当初の目標は身の丈に合ったもので、県の代表になって国体へ出場したいと思っていました。ところが、2年生の時には岐阜県の代表になってしまったのです。もっと高いレベルを求めてジムに行こうと思い始めた頃に出会ったのが『ボクシング予備校』でした。たまたま観ていた「天才たけしの元気が出るテレビ! 」でプロボクサーの卵を募集していたのです。元世界チャンピオンの渡嘉敷勝男さんがボクシングを教えてくれて、しかもテレビにも出られる。目立ちたがりの性格でしたので飛びつきました。運よく採用されて定期的に東京に行くことになりました。渡嘉敷さんはとても面倒見のいい方で、収録後何時間でも練習に付き合ってくださいました。
番組の中でプロライセンスを取得したのですが、プロボクサーになる気はありませんでした。しかし、テレビの影響力は予想外に大きかったんです。周囲の期待がどんどん膨らんで、引くに引けない雰囲気になっていきました。「ここまで皆さんに期待していただけるのなら、学生兼プロボクサーとして2年間死に物狂いで頑張ってみよう」と思うようになりました。2年やったら自分の才能が分かるだろうし、プロボクサーとして何かしらの形を残してから社会人になっても遅くはないと考えを改めたのです。

Q4.世界チャンピオンを意識し始めたのはいつ頃ですか?

A4.自分は世界チャンピオンになれるような器ではないと、ずっと思っていました。有名になって騒がれたことで、逆に自分を客観視するようになった気がします。当時は電車にも乗りづらくなるほど有名になっていましたが、自分は何も変わっていないという気持ちが強かった。ですから、プロになった当初は中部(東海地方)で1位になれたら上出来だと思っていました。ところが、西日本新人王、全日本新人王、日本タイトル奪取と怖いくらい順調に階段を登り詰めることになりました。世界ランキングに入ってもまだ世界チャンピオンは雲の上の存在でしたが、世界チャンピオンへの挑戦が決まってやっと現実味が持てたという感じでした。

ビジョン・トレーニングによってビジョンが開けた

Q5.飯田さんのーボクサーとしての最大の武器は何だったのでしょうか?

A5.自分で言うのもなんですが、相手の心理を読むのが上手かったと思います。世界戦の頃は相手の考えていることがかなり分かるようになっていました。例えば、疲れたふりをしているなとか、どんなパンチを狙っているかが分かるんです。相手の心理状況が分かるから、リズムを崩したり、すきにつけこんだりして、試合を自分のペースにすることができました。
この能力の鍛錬にはビジョン・トレーニングという練習法が深く関わっています。新人王を獲った後にボクシングの記事を書いているライターさんからビジョントレーニングを紹介してもらい、日本の第一人者である内藤先生に会いに行きました。直感的にこれは面白いと感じ、練習の一環として週1回通い始めました。「がんばれ元気」の中で元気君が、一風変わったトレーニングをするシーンがあります。目の前を猛スピードで走り抜ける電車を線路脇で凝視して、中の乗客の顔を見分けることで目を鍛えるというもの。ビジョントレーニングではこのような動体視力の訓練などを科学的に行います。また、目から入った情報をどのように脳で処理しアウトプットするかという一連のプロセスを鍛えるのがビジョントレーニングなのです。
始めて3か月くらい経った頃、相手のパンチを避けるのが楽になったような気がしてきました。視力は0.6のままで変化はなかったので、視力が良くなった訳ではなく、感覚的に相手の次の動きが「わかる」ようになった。また、それをどう判断して次の動作につなげるかという脳の働きが速くなったのだと思います。

Q6.ボクシングを始める適齢期はありますか?

A6.私は大学生になってから始めましたので遅い方ではありましたが、自分にとっては18歳という年齢は適齢期だったと思っています。人格がある程度固まってから始めたのが良かったと思いますし、もっと早く始めていたら中途半端にやめていたような気がします。プロボクサーは高校の部活から始めている人が多いから、適齢期は人それぞれなのだと思います。
私は元々小学生にはボクシングをやらせない方針でした。脳震とうや首への負担などリスクを計りかねていたからです。しかし、最近認識をかえました。基礎体力をつけ、ディフェンスの技術を磨けば小学生にとってボクシングは危険なスポーツではありません。防具のレベルも上がっていますし、子どもですからパンチ力もありません。試合においてもキッズ・ボクシングはストップがとても早いので、試合で怪我をしたという話はきいたことがありません。

Q7.ハングリー精神が必要なボクシングにおいて、豊かな国である日本から数多くの世界チャンピオンが輩出されるのは何故なのでしょうか?

A7.日本は経済的には豊かです。しかし、精神的な満足度は決して高いとは言えないのではないでしょうか。生きがいや、達成感を求めてボクシングを始める若者はいつの時代も途絶えることはありません。

インタビューを終えて

メタボなどとは無縁な引き締まったボディーとさらさらヘアー。飯田さんはとても41歳には見えない素敵な方でした。時に爽やかな笑顔を湛えながら、質問に一つひとつ丁寧に答えていただく姿から、ボクシングという過酷な世界を生き抜いた面影は微塵も感じることができませんでした。一緒にジムの運営をされている奥様からお聞きしたところによると、飯田さんは試合当日会場に向かう前に、自宅でピアノを弾いていたこともあったそうです。チャンピオンという存在にも様々なタイプがいて、頂を極めるアプローチもまた多様。スポーツの奥深さを感じずにはいられないインタビューになりました。(2011.6.21)

※「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」のレポートも併せてご覧ください。

NPO法人SKiP理事長 新井茂


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