スポーツのすゝめ vol.06

理不尽に耐えることで人は大きく成長する プロ野球解説者 牛島和彦さん

プロフィール

浪商高校でドカベンこと香川伸行氏とバッテリーを組み、3年の選抜高校野球で準優勝。 1979年のドラフト1位で中日に入団。1984年は自己最多の29セーブを挙げ最多セーブ投手となる。ロッテ移籍後も最優秀救援投手、最多セーブ投手のタイトルを獲得。1989年は先発に転向し、自己最高の12勝を挙げる。1990年に右肩を故障し、1シーズンをリハビリに費やす。1993年現役引退。2005年横浜ベイスターズの監督に就任。就任1年目にして3年連続最下位のチームをAクラスに導く。現在は、解説者の傍ら、Senseup+ Sports Academyにて、技術だけではなく、体の使い方、心の持ち方など自身の経験を惜しみなく伝え、子ども達を指導している。

Senseup+ Sports Academyウェブサイト:http://senseup-plus.com/

中学の部活動ではサッカーをやろうと思っていた。

Q1.野球を始めたきっかけを教えてください。

A1.野球をするのが当たり前な時代でしたから、物心ついた頃にはキャッチボールをしたり、草野球をしている近所のおじさん達に交じって遊んでもらったり、ソフトボールなどもしていました。壁にボールをぶつけて練習していても誰に怒られるでもなかったし、空き地もいっぱいありました。今はキャッチボールができない公園が増えていて、子どもたちが可哀そうになりますね。
チームに入って野球を始めたのは小学校3年生の時でした。当時はショートをやりたかったんです。三遊間の一番深い所から一塁に送球してアウトにするのが快感でした。でもたまたまピッチャーをやる奴がいなかったんです。もしピッチャーをやりたい奴がいたら、僕がピッチャーをやることはなかったかもしれません。

Q2.他にはどんなスポーツをしていましたか?

A2.身体を動かすのが大好きで好奇心も旺盛だったので色んなスポーツをやりました。中でも柔道は面白かったですね。近くの公民館で教えてくれる人がいたので気軽に始めました。僕のようにそれほど大きくなくて痩せている者でも、工夫次第で大きな奴を投げ飛ばせるのが快感でしたね。学校ではサッカーを好んでやっていました。ボールを蹴るのが楽しくて、練習している内に右足も左足も同じように蹴れるようになりました。中学校に入ったら部活はサッカーをやってもいいなと思っていた位です。バレーボールもやりたかったのですが、ピッチャーをやるようになっていたので、さすがに突き指が恐くて自重しました。

世界の王さんは僕よりも小さいんです

Q3.幼い頃からプロ野球選手になると決めていたのですか?

A3.小さい頃から痩せていて身体も弱く、すぐ風邪を引くような子でした。スポーツを色々やって体は丈夫になっていきましたが、体重は一向に増えませんでした。野球をやっている子は「甲子園に出たい!」とか「プロ野球選手になる!」などの夢を持つのが普通ですが、僕は高校に入るまでそんなことは思ったこともありませんでした。身体が小さかったから現実味が持てなかったのかもしれません。リトルリーグなどにも興味がありませんでしたし、楽しく野球がやれたら十分だと思っていました。 中学校では準硬式野球部に入りました。グランドはサッカー部など他の運動部と共有でしたので、1日50分しか練習ができませんでした。それでも自分たちなりに工夫をして練習を積み重ねたことが実ったのか、最後の大会では勝ち上がって、香川がいた優勝候補の浪商付属中と対戦する機会を得ました。負けはしたものの好投が評価されて浪商からスカウトされたんです。僕は、遠くの目標に向かって頑張るというよりは、目の前の小さな目標を一つひとつクリアするタイプだったと思います。そして気づいたらプロになっていました。

Q4.スポーツをしている子どもの中に、身体が小さいことで悩んでいる子は多いと思います。何かアドバイスをお願いします。

A4.高校時代はもとより、プロに入ってからも「いつか身体は大きくなるだろう」と期待していましたが、一向に大きくなりませんでした。高校に入った当初は身長こそ170cmを超えていたものの、体重は60kgそこそこしかありませんでした。でも、スポーツは身体のサイズに関わらず活躍の場があるところが面白いんです。小さいなりに工夫できることがいくらでもあります。現に野球では身体が小さくても大成した選手は沢山います。あの世界の王貞治さんだって身長は僕より小さい位(牛島さんは公称177cm)なんです。個人的には柔道をやっていて良かったと思います。小さくても大きい奴に勝てることを身を以て体験できたからです。身体の大きさを卑下することなく、「自分でも勝てるところはどこか」を見つけて磨けばいいんです。

Q5.浪商高校の3年間は相当厳しかったのですか?

A5.練習中だけでなく、その前後も含めて激烈な3年間でした。1年からレギュラーをもらいましたので先輩からの風当たりも強かったですし、理不尽なことのオンパレードでした。しかし、人として最も成長した3年間だったことは間違いありません。あの理不尽な3年間に耐えられたことで、少々のことは受け入れて包み込めるようになりました。
スポーツは結果ばかりがフォーカスされがちなんですが、むしろそれに至るまでのプロセスがより重要だと思います。苦しい試合に勝った時の感動は、そこまでのプロセスが険しい程大きくなるものです。男が勝って泣くなんてなかなか得難い経験ですよね。つまり、僕にとって甲子園で準優勝できたことはとても大きな財産ですが、そこまでのプロセスであるあの3年間がより大きな財産になったんです。私はプロ野球に進みましたが、それぞれ別の道に進んだチームメイト達も皆同じことを言っていました。「あの3年間に耐えられたんだから、耐えられないものはないよね」と。

怪我は「どう直すか」ではなく「どう予防するか」

Q6.スポーツ界はどの競技もトップを目指すために低年齢化が進み、幼い頃から1つの競技に専念する傾向が強くなっています。そんな子どものスポーツ環境をどう思いますか?

A6.プロになるなどの明確な目標を持って幼い頃から1つの競技に打ち込むやり方を否定はしません。どんな競技も技術は積み重ねていくものですから。でも色んなスポーツをやることのメリットも見逃せません。僕は柔道をやったから体幹の強さを得たのかもしれないし、サッカーのお蔭でボディーバランスが良くなったのかもしれない。それに、小学生や中学生時代に厳しい環境で野球だけをしていたら早く諦めて野球を辞めていたかもしれません。欲がなかったから純粋に楽しめたんです。そして、思い切り楽しんだ子ども時代があったからこそ、「高校では厳しい練習に耐えぬこう」と心を切り替え、腹をくくって浪商に入れたのです。
歴史に名を残すようなスポーツ選手はどんなプロセスを経ようとも大成すると思うんです。でもそれはほんの一握りの存在。大部分の子ども達にとってスポーツは先ず楽しむべきものなのです。子どもには色んなスポーツを楽しんで欲しいですね。

Q7.牛島さんは28歳で肩を壊し、再起不能と宣告されたことろから奇跡の復活をされました。怪我との上手な付き合い方を教えてください。

A7.怪我で大事なことは、「どう直すか」ではなく「どう予防するか」です。怪我が浅い所から戻るのと深い所から戻るのとでは雲泥の差があります。とはいっても、スポーツにとって怪我は付き物。怪我をした時に何で怪我をしたのかを分析することが大事です。それが「どう予防するか」に繋がります。怪我の前に予兆を感じられるようになり、予防できるようになるんです。
また、肘や肩が痛いとういう子は間違った身体の使い方をしてる場合が殆ど。軸がバラバラだったり、球を投げる時に手が無理に身体から遠いところを通っていたりする。少年野球において肩や肘の酷使が問題視されますが、その前に、正しく身体を使って投げた100球と間違った使い方の100球では身体が受ける負担が全く異なることを認識する必要があります。Senseup+ Sports Academyでは個々の身体の特性に合わせた身体の使い方を指導しています。

Q8.緊張はどのようにコントロールすればよいのでしょうか?

A7.コントロールしようと思わないことです(笑)。僕も若い頃は緊張してはいけない、緊張をどう抑えようかと、緊張をコントロールすることに苦心していました。でも発想の転換を図ったんです。「コップにぎりぎりまで水を注いでください」と言われた場面を想像してください。ゆっくりゆっくり恐る恐る水を注いでいるのが緊張している状態です。無意識の内に「こぼしてはいけない」と思い込んでしまうんですね。そんな時は、一度わざと勢いよく注いで、溢してしまえばいいんです。こぼれたら拭けば良いのですから。だから、緊張してきたら成るがままに任せます。すると、ある一線を超えた時に落ち着けるようになってきます。僕の場合で言えばブルペンで投球練習をしている時はいやが上にも緊張が高まります。しかしそれを抑えようとせず成るがままに任せると、マウンドに登る頃には落ち着いた気分になっていました。

インタビューを終えて

牛島さんの手を見せてもらいました。とてもきれいで小さい手でした。牛島さんといえばフォーク。でもフォーク会得には驚愕のエピソードが。初めは指が短いから挟んだボールが抜けなかったそうです。それではフォークは落ちない。落ちるフォークが投げたい一心で毎日指を無理矢理広げていたら、ある時指に異変が起きたそうです。靭帯が切れたのか関節が壊れたのか今でも定かではないそうですが、野球ができなくなるのではと心配する位腫れた後、格段に指が広がるようになったそうです。実際に指を広げてもらって驚きました。まるで人工関節のように、明らかに普通の人とは違う関節でした。大成する人には凡人には考えが及びもしない何かがあることを思い知りました。(2011.10.11)

NPO法人SKiP理事長 新井茂

information

牛島氏が総監督に就任し新チーム"郡山アスレチックス"を結成します。
下記イベントへの参加及び受講に費用はかかりません。

牛島氏講演会及び野球教室開催

  • 11月27日(日)
  • 郡山総合運動場開成山野球場(福島県郡山市開成1-5-12)
  • 受付:9:30~
  • 講演会:10:00~11:30(1塁側室内練習場)
  • 昼食:11:30~12:00(※昼食持参)
  • 野球教室 12:00~14:00(開成山野球場)
    ・牛島氏による直接指導あり  
    ・運動できる恰好またはユニフォームで参加してください  
    ・野球道具持参でお願いします

郡山アスレチックス・チーム練習

  • 対象 小学校1~6年生
    ・基礎クラス 1年~3年
    ・応用クラス 3年~5年
    ・中学生に向けて 6年    
    ※学年、技量に合わせクラス編成
  • 薫小学校グラウンド(郡山市鶴見坦2丁目19-27)
  • 土曜日 11:00~13:00 日曜日 11:30~13:30

問い合わせ先

郡山アスレチックス設立準備事務局
郡山市菜根3-23-10石橋マンション1F
担当:鈴木(090-7799-7603)


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